読書の愉しみは結局のところ、へー・ほー・じーんである。
知らなかったこと思いも寄らなかったことを教えられて「へー」、見事な着眼、卓抜の論理の運びを見せられて「ほー」、そして何だかわからないけど「じーん」。どれもココロを激しく振動させる点では共通しており、激しく振動することで、日常生活の中でココロにびっしりこびりついた脂汚れを落としてくれるという効用がある。
ココロを激しく振動させる本なら、これだ。
「昆虫の擬態」(海野和男 平凡社ライブラリー)。100ページに満たない薄い本だが、中身は濃い。1300円という値段はとてつもなく安い。
何かに似せた形態をとること。それが擬態だ。枯れ葉に似た蝶や蛾はわれわれの身の回りにも棲息しており、時として何もないと思っていたところから飛び立ったりして驚かされる。彼らをじっくり観察すれば、細部の細部にいたるまで、ほんとうによくできていると感嘆せざるをえない。
しかし、地球は広い。我が国の擬態屋よりも数層倍すごい連中がいる。蘭の花そっくりのカマキリ。蘭の花のところに棲息しており、近づいてくる昆虫を捕食する。体全体がまるっきりの花の感じになっている、頭も胴も足もそしてカマキリのカマまでが蘭の花弁そっくりなのだ。そういう昆虫の写真を集めた本であるから、ページの中には擬態した昆虫がいるとわかって写真を見ている。それなのに、うっかり見過ごしてしまうこともあるくらい、精巧にできているのだ。
この本は1993年にオリジナル版が刊行された。大型本だった。今回はそれが文庫サイズでのリニューアルとなる。内容はほとんどかわらない。大型本の迫力ある写真が文庫になるとどうなんだという気もしたし、元の価格が2900円、今度の文庫サイズが1300円というのもなんかなあ、と思いもしたが、それはまったくノープロブレムだった。逆に小型になったことで、ベッドや電車で繰り返し愉しめるというメリットが付け加わったといえよう。
森の樹上に潜む葉っぱそっくりの虫。まわりの葉がなにかブツブツのある葉なのだが、虫も忠実にそのブツブツを表現している。よく見てもどこからどこまでが虫なのか、よくわからない。
枯れ葉そっくりのバッタ、カレハバッタの体には葉脈そっくりの模様が走り、虫食いの跡まで表現している。中には全体に、あたかもところどころにカビが生えていますよ、という模様をもっているのもいる。
全ページ驚きを感じないページはない。次から次へとスゴイ連中が登場してくる。パラパラみて疾走感を感じるもよし、じっくり見て充実感に浸るのもよし。少なくとも50回くらいは見返せる。
しかもこの本のすごいところは、ただただビックリ昆虫大集合になっていないところ。美しいのだ。それぞれの写真が息を飲む美しさ。そりゃ海野和男の本だもん、といえばそれまでだけど、自然の持つ豊穰な美しさをきちんと切り取る技術の冴にも感嘆せざるを得ない。
で、ね。
この本を見て言うんだけど、自然って、どっか「やりすぎ」だと思うんだよね。なんもここまでやらなくてもいいだろうよ、と。
特に74ページの「ジンメントビナナフシ」。これって何! って感じ。1ページ目からへー、ほー、とページを繰ってきたぼくも、ここを開いた瞬間はウワッだった。「うわっ」まで読書の悦びだったってことは知らなかった。
まずは見るべし。
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人間よりもずっと小さな昆虫だけれど、生きていくために、子孫を残して、次の世代につなげていくために、様々な方法を使って生きていくたくましさが強く伝わってきました。こういう視点から昆虫を見ると、「昆虫達は人間よりもずっと優れているのではないか」という気持ちになりました。それと同時に、時間に余裕のあるときなどは、庭にいる虫達や、家の中で飼っている虫達をたまにはじっくり観察するのもいいかなと思いました。[2004.12.19 #139]