24 近刊予告
[初出] 2003.07.31 [最終更新] [平均面白度] 0 [投票数] 0 [コメント数] 0
時にはちゃんと広告活動もしよう。
実は、近いうちに本が出る。今年3冊目の本ということになって、けっこうハイペースだ。
こんどの本はぜったい面白い。ただしMac OS Xを使っている人だけ向けと、例によってのセグメント路線だ。
どんな本かというと、書名は「Mac OS X UNIXアプリケーション簡単活用ガイド」というベタなものなんだけど、内容はけっこうユニークだ(と自負している)。
Mac OS XはUNIXベースであるので、Macユーザの中にはUNIXに関心を示す人が少なくない。なんでMacを選んだのか、という心理的な傾向の中に、もともと「親UNIX傾向」が含まれているっていってもいいので、これは当然の関心だと思う。
しかし、興味関心は少しはあるが、なにしろそこは「マニュアルどころかソフトのパッケージに書いてあること」すら読まないのがMacユーザだ。膨大な神学文書を大量に読まなければ一歩も前へ進めないUNIXの世界になかなか足を踏み入れられるものではない。
ところで、何かを「知る」ためには何が必要か、といえばその何かに対して「知っている」ということだ。何かをより「経験」するためには何が必要か、といえば、その何かに対する「経験」なのだ。
つまり、何事でも足場が必要なのである。足場さえあれば、なんとかなる。足場がなければ、もうどうしようもない。
UNIXだってそうで、足場があれば、あんなもん、所詮人間がこしらえたもんだから、何とでもなるのである。しかし、この世界、非常に足場がこしらえにくいようにできている。
UNIX遣いと呼ばれる人の多くは大学で実験の解析やレポートの提出の道具として無理やり強制されて使わされたか、たまたま入った会社で有無をいわさずあてがわれたとかの経験を出発点にしている人が非常に多い。なんとなく触っている内にわかったUNIX遣いの主婦とか、盆栽のデーターベースを作ろうと思っているうちにSQLを駆使できるようになった老人とかは(あまり、たぶん)いないのだ。あとは、生まれつき「コンピュータだけは」異様にできるようになっている青年が若干。ま、かれらはそれが仕様だから。
だから何が言いたいのか、と言えば、UNIXを知ろうと思ったら、UNIXを知っていなければならないし、経験しようと思ったら経験していないとならないのだ。
こんどの本は、そのために作った。
とにかく知ることができ経験することができる。UNIXへのアプローチとしては異色だと思うのだが、ほとんどアプリケーションだけを取り上げた。つまり、viもサーバもコマンドもネットワークもTeXもなんもなし。chmodやmkdirすら出てこない。
そんなあなたでも、いきなり今晩からUNIXが楽しめる。むつかしいことはいいません。ホント。書いてあるとおりにちょこちょこっと操作すれば、ちゃんと動く(ようなものばかりを厳選した)。
ただ、UNIXアプリケーションが動けばそれでいい、という構造にはしないようにしたつもりだ。ポイント&クリックの世界からなるべく離れないようにしながら(つまりいままでのやり方通りで進むことができるようにしながら)、オーソドックスなUNIX的方法への抵抗感を徐々に除去していけるような戦略を採った(つもり)。
テストのために数人に読んでもらったが、彼らはおしなべて、なんか、どきどきするね、はじめてコンピュータを使った頃のことを思い出したよ、というようなことを言う。
こういうことなんですね。伝えたかったのは。
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