下の写真はぼくが使っている時計。

祖父の形見。いやもう少し正確に言うと、ある事情で従兄から「これは君が持っているほうがふさわしいから」という理由で譲られた祖父の遺品だ。
父(ぼくが現在所有しているのを知って、うらやましそうにしていた)の記憶によると、祖父はこの時計をとても大切にしており、いつも柔らかい布で磨いていたそうだ。ただし、当時は時計のガワは金であったが、戦時中ガワの金を供出し、この鉄製のガワに取り換えたらしい。クサリは従兄が取り換えたそうだ。
これはアメリカはWaltham製のものである。このメーカーはもうすでにない。どうやら1917年製であるようだ。大正7年。ロシア革命の年。86年前のもの。ぼくはもちろん、父よりもなお長命ということになる。
そういうことがなぜわかるか。この時計は裏ぶたがパコっと開き、ムーブメントが丸見えになるのだが、そのムーブメントにシリアルナンバーが刻印してあり、その番号を
Waltham Production Datesというサイトで照合することで製造年がわかるようになっている。
譲り受けた直後に分解掃除に出したが、メインテナンスはそれくらいで、それからもう10年あまりになるけど、いまだに正確に時を刻んでいる。
骨董、という意味では、そうたいして高価なものではない。せいぜい20〜30ドルってとこのようだ。アメリカのオークションサイトにはいつもたくさん出品されている。なにしろ大量生産品だ。下手すると、現在売っている懐中時計よりも安価である。販売価格より、メンテナンス価格の方がずっと高い。
時刻を知る、という点から言えば、この時計でなんら不自由はない。正確だし、見やすいし。もちろん手巻きだから、ネジをまかないと24時間程度で止まってしまう。しかし、ネジをまくのも、うっかり止まってしまった時計の時刻を合わせるのも、なんら不便・不都合は感じたことがない。町中に時計はあふれているし、電車の待ち時間などで時計のネジを巻くための寸暇はどこにでもある。
おそらくあと14年は確実に動き続けるだろう。そうなれば1世紀以上の「現役」ということになるだろう。
時計屋の店頭で見る限り、ウオッチにしてもクロックにしても、手巻きのものは見かけない。みんな電池で作動するものばかりだ。時計を電動したために獲得された利便性なんてもんは、出てきた当時にはインパクトがあっただろう(え、ネジまかないでいいんだ)が、今となっては何程のものではない。いちにちいっかい、ジコジコとネジを巻き上げればいいだけだ。
そのうえ、昨今の時計はすぐダメになる。作りがヤワだからだ。100年なんて、もつものはないんじゃないかな。だいたいそれまでに電池の規格がかわってディスコンになるだろう。
よのなか、進歩してんだかどうか、ほんと、わかったもんじゃない。
つい先日僕もWaltham製の懐中時計を譲り受けました。手に入れた経緯が似たような感じだったのもあり非常に楽しく読ませていただきました[2004.05.06 #47]