11 お菊
[初出] 2005.08.15 [最終更新] [平均面白度] 4.75 [投票数] 4 [コメント数] 1
偕楽園の参入でいささか緊迫した我が家の猫社会であったが、ほとんどすべてのトラブルは時間が解決してくれる。1年もたつと、そこはそれなり、お互いの立場を黙認し合うという状況になる。
やっと訪れた平和を噛みしめている日々であったはずなのだが、今年の春に、またしても火中の栗を拾うような馬鹿なはめになった。
春先から、近所の駐車場の一角で今年もまたノラが子供を育てている。ほとんどは元気なのだが、一匹だけは発育も悪く、あきらかに元気がない。どうしたんだろうと陰ながら心配していた。
兄弟たちは順調に育ち、駐車場からどこかへ出かけたとみえ、親共々見えない日が続くのだけれど、そのチビだけは、じっとうずくまっていることが多い。
「しぬかなあ」
「しぬな。きっと」
「どうする?」
「どうするってったって」
何度も言うことであるが、世界は不遇の動物たちで満ちあふれている。人間もふくめて、そうだ。どうすることもできないってことを、受け入れていかなければならない。
っていってもなあ、目の前に見せつけられると、どうも心が動く。見てしまったら、仕方がない。
とうとうある日、ツマが決然とその猫を持ってきてしまった。痛々しいほどやせていて、知らない人であるぼくらにつかまれても、じっと目をつぶっている。
「どこか里親を探さなきゃね」
まずはルーチンワークの獣医行き。とにかく猫エイズをはじめとする伝染性の病気にかかっているかどうかを調べてもらわないと、他の猫と一緒にするわけにはいかない。獣医は女医で、肖像画でみる与謝野晶子に少し似ている人なんだけど(だからここでは晶子先生と呼んでおこう)
「ま、うちはどんどんつれてきてくれると、商売繁盛で嬉しいんだけどね」
とかいいながら、子猫キット(薬と食べ物のセット)をサービスしてくれる。でも晶子先生のところにも里親候補のストックは現在ないらしい。伝染性の病気の心配がなかったのは一安心であるが。
多少里親探しらしきことをしてみたが、なにぶん交際範囲の狭いぼくたちのこと。うまくいくはずもない。
そうこうしているうちに、チビは俄然元気になった。なんだか歩くと足がふらつきはするんだけど、とてもよく動く。駐車場でのあの姿は、きっとネコかぶっていたに相違ない。
たった1年前なのに、もう偕がこれくらい小さい時のことを、ふだんはすっかり忘れていたってことに気がつく。子猫の子猫らしい仕草は、他に比べるものがないほど心なごむ。
それでも里親探しをあきらめたわけではなかったのだが、それも1週間ほどだった。もううちで飼うしか仕方がない状況が醸成されてしまったのである。
偕とそのチビが、非常に仲良しになってしまったのだ。チビはいつも偕楽園の後をついて歩くし、偕は偕で、なにかと世話をやき、遊んでやる。眠る時もくっついて寝ている。
猫は単独性の動物であるから、同種どうしでべたべたすることは少ない。兄弟なら別だが、1年も離れているなら、ふつうはそういうふうにはならないんじゃないか。でも、こう仲いいところを見せられちゃうと、もうチビだけを里子にだすわけにはいかない。
それに、猫同士でうまくやってくれると、こちらも手が離れて、楽になるというメリットもある。
それで、ま、なんちゅうか、ずるずると……。
反省はしてるんですけどね。
友人吉川さんには「まだそんなことやってんですか」と憐憫の口調で言われたし、日高さんにも「またですかぁ」と超うんざり声をだされた。ほんと、われながら何をやっているんだか。
うちのメンバーになるなら、名前もつけなきゃならない。やっぱこれも伝統の「楽園」名を襲名すべきかどうか。晶子先生は
「いい名前思いついた! トシマエン! どう?」
とはしゃぐ(顧客がふえたしねえ)が、うちは何も遊園地の名前をシリーズで採用しているわけじゃないんだ。それになんと言っても女の子なのに、トシマエンはないでしょ。
地味に、オーソドックスに「みけ」と命名。時として「三毛子」とも呼ばれ、意味由来はまったく不明ながら、なぜか「お菊」と呼ばれることもある(ま、見るからに「お菊」なんです)。
この記事は面白かったですか?
お読みになっての印象を5段階評価のボタンを選び「投票」ボタンをクリックしてください。
≪この記事に対していただいた「投票」4件、「平均面白度」4.75≫
いただいたコメント
YS さんによるコメント
まーた拾ってきちゃったんですねー。名前は楽々園がいいなあ「らくちゃん」。菊楽園「おきく」でもいいが、、、。[2005.08.17 #222]
コメントを書く