中央図書館で「目の老いを考える」(池田光男、池田幾子著 平凡社自然叢書28)を借りてきた。老眼の秘密を知りたかったからだ。
なかなかわかりやすい良書だった。読者層を考えてのことだろうが、さすがに活字も大きく、読みやすい。ブツブツ切れたぶっきらぼうな文章だが、明晰。一気に読めるし、内容もキチンと頭に入る。
この本を読んで、ようやく老眼のメカニズムがわかった。
目のピントは水晶体(レンズ)の厚さを変えることで合わせている。厚くすると、近くのものにピントが合い、薄くすると遠くのものにピントが合う。
ピントを合わせることのできるもっとも近い距離を近点というが、この近点は、10歳の頃は8cm、20歳で10cm、30歳14cm、40歳20cm、50歳50cmというふうに変化する。これが老眼の原因だ。つまり歳を重ねると近点が遠くなり、近くのものに焦点が合わなくなる。ぼくが驚いたのは、老眼は中年期に始まることじゃなく、いわば10歳の頃から徐々に進んでいるということ。近点は年々遠ざかっていたのだが、生活に支障をきたすようになって、はじめて老眼として認知されるわけだ。
しかし上の数値を見ていると、40歳(20cm)と50歳(50cm)の間で急速に悪化しているよう思える。いきなりガクんとくるのか、と。もしここでガクんと下るのなら、年々歳々非可逆的に進行するとは言っていられなくなるように思う。40代に、それまでとは違う“何か”があるのか、と(読みながら)考えていた。
たとえばね、この数値で単純にグラフを描くとこんなふうになってしまう。ホラ。40代で急に加速するでしょ。

しかし、本の最後の方まで読むと、ディオプターという概念が出てくる。目の調節力の単位だ。これは近点の逆数で表すという。たとえば近点8cmだとすると、それをメートルに換算して逆数を取った12.5ディオプターが目の調節力だというのだ。はは〜ん、なるほど。これで了解。逆数になるわけね。グラフを書き直してみると、すっきりまっすぐ下っていく。

ディオプターに着目してみると、たんたんと徐々に下っているわけだが、近点の実際の距離は40代でいきなり倍以上になっちゃう。こっちは驚くよね。ついこの間まで20cmのところが見えていたのに、急にそれが50cmのところに遠ざかるわけだから。このことに限らず、逆数とか対数とかで示されるといつもなんか騙されたような気がしてしまう。
ま、ともあれ、老眼は子供のうちから粛々と進行しているということがわかった。ではなんで、水晶体の調節力がなくなるか。
水晶体の厚みを変えているのは、水晶体のまわりにある毛様体とチン小帯だそうだ。本の記述からぼくは毛様体−チン小帯−水晶体はトランポリンのような構造になっているのダナ、と理解した。
トランポリンはいちばん大外に金属のフレームが、真ん中にマットがあり、その両者を放射状に数本のバネのようなものでつないである。フレームが毛様体、バネがチン小帯、マットが水晶体だ。
水晶体を伸ばす(つまり遠くを見る)際は、チン小帯が縮む。すると水晶体が引っ張られて、扁平になる。
逆に水晶体を厚くするには、毛様体が収縮する。フレームが小さくなっちゃうわけだから、チン小帯が同じ長さだと、いわばブカブカ状態になる。水晶体は引っ張られなくなって、“それ自体の弾力で”ぼよよんと膨らむ。
この“それ自体の弾力で”というところがミソね。厚くするための積極的な力は働いていないわけだ。長年使っていたパンツのゴムがのびきるように、水晶体の弾力がなくなってくると、うまく厚くならないわけだな。筋肉の働きで厚くするのなら、鍛えるという手があるが、それ自体の弾力となると、鍛えようがない。パンツのゴム同様、経年変化でゆるくなるのは致し方がない。
こりゃ、設計としては一種の欠陥だな。
この本を読了後、関連語句でいろんなサイトを検索してみて、おもしろいページを見つけた。「おメガネにはかなわない」という茨城県の眼鏡屋さんのサイトの中の老視というページ。ここでは水晶体の調節を4サイクルエンジンとのアナロジーで説明していて、やはり構造的欠陥だと断じている。そのあとに
ところでドゥカティというイタリア製オートバイの
エンジンにはデスモドロミックという強制開閉バルブ機構
が採用されていて、バルブを閉める際にもエンジンの力を
使っています。人間の目もデスモドロミックなら
老視にはならないのですけれどね
とある。なるほど、ホントだ、と思った。
これで一応、老眼のメカニズムはわかったわけだが(ぼくとしては、処理系、つまり神経や脳の働きが悪化して見えなくなるわけじゃないことがわかっただけでも収穫だった)、気になる単語もでてきた。
チン小帯だ。
これってヘンじゃありません? 読んでいて、なんか可笑しい。まさかチンコオビと読むんじゃないだろうな。最初はチンというのが、難しい漢字で、それを避けてカタカナに開いているのか、と思った。要するに「ほ乳類」って書き方と同じ。
こういう書き方は好きじゃない。読みにくいのなら、ふりがなをつければいいだけだ。哺乳類と書けば、辞書で「哺」を調べることで、語の意味が立体的にわかるが、「ほ乳類」では熟語そのものをまるごと覚えるしか、手がない。
しかし、読後、いろんなサイトを調べるうちに、どうも漢字を開いたわけではないということがわかってきた。というのも、この本のように「チン小帯」という表記もあるが、他にも「チン小体」「チン氏体」などと書いてあるページもあるからだ。「チン氏体」とあるところを見ると、どうやら「チン」さんが発見した「タイ」なんじゃないか、とあたりが付いてくる。ランゲルハンス島とかと同じ。
じゃあ、いったい、このチン氏って誰だ? ということになる。陳さんか?