子供の頃になど、ふろあがりに母親からパフでぱふぱふとはたいてもらった白い粉。あれを(一般名詞として)なんと呼んでますか?
シッカロールというのがもっとも一般的だろうか。天花粉という人もいるが、どっちかというと、この言葉を使う年齢層は高いかもしれない。ぼく自身の幼年時代にはこの手のコナを「ぽんぽん」と呼んでいた。ベビーパウダーと称している人もあるだろう。
なんと呼ぶにしても、多くの大人にとっては、これは幸せ感を呼び覚まされるブツであるのではないだろうか。
夏場、風呂上がりなどに母親にとっつかまり、のどや胸、首筋にこれをぱたぱたはたかれた。子供は大量に発汗するもんだから、アセモ防止という狙いだろう。はだかで逃げ回ってもとうとう捕まり、首筋を真っ白にされる。くすぐったいやらうれしいやらでケラケラ笑い続ける。
こういうサービスは小学校へ上がる前くらいまでしかしてもらえない。シッカロールの匂いを嗅ぐと自分がまだヒナであった頃の至福感をどこか深いところで思い出すので、何か優しい気持ちになってしまうのだろう。
さて、この粉の名前について。
ぼくはポンポンと呼んでいたが、これは国語辞典には(この意味では)掲載されていない。ウチの家だけで使われていた言葉かもしれないと思い、Googleで検索してみたところ、他でも言うようだから、少なくとも我が家以外の場所でも使われていたことがわかった(たとえば「
littlepegの・・・」とか「
小さな哲学〜雑想の世界」とか)。
これは擬音語であることは明らかだ。特に関西地方は擬音語擬態語の使用頻度が高いことを考えると、関西地方特有の言い方であるかもしれない。
シッカロールとベビーパウダーはそのまま商品名になっている。和光堂のはシッカロール、ジョンソン&ジョンソンのはベビーパウダーである。
ちょっと面白いと思ったのは、「シッカロール」は広辞苑には載っていて、大辞林にはなく、「ベビーパウダー」の方は大辞林にあって広辞苑にないということ。広辞苑はシッカロール派、大辞林はベビーパウダー派である。広辞苑には
シッカロール
亜鉛華または亜鉛華澱粉で製造した皮膚の撒布薬の商標名。汗疹(あせも)の予防・治療に用いる。
とあり、大辞林には
ベビーパウダー
[{和}baby+powder]赤ん坊用の汗しらず。パウダー。
とある。
大辞林の{和}ってのは和製英語という意味の記号だと思うのだが、それはどうかな。だってジョンソン&ジョンソンの本家アメリカの製品も、日本で売られているのとほぼ同じデザインになっており、そこにはちゃんとBaby Powderって記されている。和製英語の逆輸入でない限り、なにも{和}って付けることはないだろう。
広辞苑の記述にある「亜鉛華」は酸化亜鉛のことで、絵の具(ジンクホワイトとか言うではないですか)や塗料の原材料。「亜鉛華デンプン」は酸化亜鉛とデンプンの等量混合物であるらしい。
和光堂のページ(
国産初のベビーパウダー シッカロール |和光堂)には「シッカロール」が「シッカチオ」(ラテン語で「乾かす」)から作られた造語であり、それを名付けたのは和光堂である(というふうに読める)となっている。商標(登録しているかどうかは別にして)であるようだ。
このページによると、「当時のシッカロールの成分は、亜鉛華40%、タルク40%、澱粉20%の割合」であったそうだから、広辞苑の記述は若干違っているようですな。
タルクというのは滑石。モースの硬度計でもっとも柔らかい鉱物であるが、ま、ロー石みたいなやつといえば通じるか(年寄りだけかな)。ぼくらの子供の頃には「ローセキ」なる石の棒が駄菓子屋なんぞに売られていて、子供はそれをつかって地面に絵を描いたりしていたのだ。つまり「ロー石」に似た鉱物の粉と酸化亜鉛とデンプンが主成分になっているのがシッカロールというものだ。
そういえば、タルカム・パウダーという呼び方をする人もいたな。タルクの粉ってことでしょう。
ジョンソン&ジョンソンのWebサイトによると、同社のベビーパウダー(薬用ではないほう)の原料はタルクと香料であるそうだから、あっちのほうこそタルカムパウダーと呼ぶにふさわしい。
いっぽう、テンカフン。これは主に年配者が使う言い方で、今や死語に近い表現かもしれない(最近はついぞ聞かない)。テンカフンは天花粉であって(おお、アホコトエリでも一発変換したぞ)、天花はもともと天瓜と書いた。これはカラスウリのことである。カラスウリの根からとったデンプンが天花粉であり、江戸時代からアセモの治療等に使われたという。
カラスウリのデンプンなんて、今や工業的に製造されているとは思えないので、それが含まれている汗とり粉なんか売っていないだろう。(後で調べたら、売ってんのね。漢方薬として)
従って、この手の商品の総称としてテンカフンという言い方は、厳密には間違っていることになる。もっともカタクリなんかひとかけも使っていない純ジャガイモ製のでも片栗粉と堂々と称しているのだから、どってことないといえばそれまでだけどね。
ともあれ、汗とりの粉をどう呼べば良いんでしょうかね。迷います。
ま、ぼくの言い方だと「ぽんぽん」であるのだから、それをそのまま使うとしよう。
ぽんぽんを首筋にはたかれるとき、ボンノクボ方面は簡単に塗布できるが、問題は首の前面である。ここんところは汗がたまりやすく、アセモの発生しやすい部位であるから、母親としてはどうしてもここを重点的に攻撃したい。そのためには被塗布者が自発的にあごを天井方向にに向けさしめる必要がある。上を向かせるわけですな。母親はそれを子供に命じる。
そのときの言い方がまた、地方により、家庭により違っているようなのだ。
ウチの場合は「ウーする」と言っていた。「うーしてみ」というわけだ。「うーしなさい」でも可。
これもウチだけのローカル語かもと思い、Google検索してみたところ
コツが知りたい!というページで「あーちゃん 29歳 静岡県」という人が「我が家の子供たちも、顔に水がかかるのが苦手でした。どうも、おでこから顔にかけてツツーっとお湯が流れてくるのが怖かったらしく、椅子に座らせて「ウーして」と上を向かせて、自分でタオルを持たせて、目の上に当てさせてみたんです」と使っておられる。この情報だけではわからんが、もしかすると関西だけの言い方ではないかもしれない。
同じ動作を「エーンして」という人もいる。初めて聞いたときはびっくりした。ま、相手も「ウーして」に同程度びっくりしていたけどね。
人をしてウーせしめる、ないしはエーンせしめる状況というのは、あまり考えられない。小学校に始まり、高等教育に至るまで、同級生にウーさせなきゃならない場面はほぼありえないから、友達同士で使うことはほぼないだろうし、社会に出てからも、いきなり上司に「キミ、ちょっとウーしてみなさい」なんて言われることもない。
人は結婚して子供をつくってはじめてウー対エーンの戦いに気がつくのではなかろうか。
「変だよ、ウーなんて。エーンって言うんだよ」
「えー、ウチではみんなエーンっていってるよ。ウーの方が変でしょ。だってどう見ても、このかっこうエーンって感じじゃない」
「エーンっていうのは泣き声のことだよ。どう見てもウー感が漂ってる」
「いいの。はいジュンちゃん、エーンしなさい。イイコイイコ」
ぽんぽんを首筋にはたく機会の多いのは圧倒的に女親だろう。したがってウーやエーンはミトコンドリアのように、母系で継承されていく語であるのかもしれない。少なくとも核家族社会ではそうだろう。
貴兄はウー派、それともエーン? はたまた第3、第4の呼び方があるのかどうか。