3 邪馬台国のナゾ
[初出] 2004.11.14 [最終更新] [平均面白度] 3.45 [投票数] 22 [コメント数] 5
さきほど、散歩の途中で「邪馬台国のナゾ」が一気に解けた。
魏志倭人伝の中に「南至邪馬臺國 女王之所都 水行十日陸行一月」という記述があり、これがどこに比定されるのかが新井白石の頃から続く論争のタネであったということはご存知の通り。ある人は九州といい、あるひとは近畿という。
戦前は皇国史観であったからこういう議論はびみょーな位置にあり、専門家の間でほそぼそと交わされていたにすぎないのだが、戦後は、おおっぴらに語れるようになり、素人をふくめたくさんの人が参戦し、玉石混淆さまざまな意見を戦わせている。
なにしろロマンですからな。
ぼくはさきほどまで「邪馬台国は架空の存在であるかもね」説であったのだが、散歩の途中で一気にわかったのですね。
卑弥呼がシャーマンであることは、ま、たしかだろう。シャーマンってなにっていわれても、イメージが喚起されないが、イタコといえばわかる。恐山で見た。シャーマンは霊地にいるのだろう。霊地は、我が国では「山」である。卑弥呼もまた「山」に住んでいたに違いない。
霊地の「山」には固有名詞はない。人々は忌避してその名を呼ばないのだ。いまでも「おやま」と比叡山や高野山、白山などをよぶ人は多い。
だから伊都国の人々(邪馬台国への里程は伊都国からのそれと、原文を素直に読むと理解できる)もその霊地を「ヤマ」と呼んでいたのだろう。
だから、魏の使者に卑弥呼はどこにいるのかと聞かれた時、かれらは口々に「ヤマたい、ヤマたい」と答えたに違いない。
その一事をもって、邪馬台国は九州にあったことがわかる。それが近畿なら、人は「ヤマですわ」とか「ヤマやんか」と答えたに違いないのだ。邪馬台国が邪馬台であり邪馬出須把国ないでない以上、九州としか考えられんですばい。
わっはっは、すっきりしたぞ。
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いただいたコメント
鈴木雄介 さんによるコメント
ビルゲイツは京都の人、MSDOS=マイクロソフトどす[2004.11.14 #126]
戸部在住 さんによるコメント
でも、「やまたい」って叫んだのは伊都国の人なんでしょ。それだったら伊都国が九州にあったとしか言えないのでわ[2004.11.14 #127]
かと さんによるコメント
さいしょは、けっこうマジに読んでしまった。
けど、ま、オチはぼちぼちでんな。[2004.11.16 #128]
tama さんによるコメント
おもしろい!!![2005.01.29 #148]
kuro-ba- さんによるコメント
最初はむずかしそとおもいました。
でも読むとおもしろかったです。[2007.05.01 #512]
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