うららか、という言葉がぴったり似合う本日午前10時にゴマダラチョウがウチの庭に来た。羽化直後なのか、それともなんらかの原因で弱っているのか、地面にとまり、逃げようとしない。翅は非常に美しいので、たぶん羽化直後なのでありましょう。
まるで死んでいるように見えるが、それは写真の技術のせい
我が家のあたりでは比較的よく見られるそうだけど、庭で見たのははじめて。そもそも花に吸蜜にくる蝶じゃないし、食樹(エノキ)もないから、来る動機がないのだ。
これまでじっとしていると、カンサツがしやすい。口吻の鮮やかな黄色もちゃんと見て取れた。
庭にしゃがみこんでこの大きなゴマダラチョウーたぶんメスですねーをつくづく見ながら、蝶のことを考えていた。
蝶は漢語である。トンボにしてもカミキリムシにしてもアリにしても和語であるのに、蝶と蛾だけは音読みのまま。このことについては前にも書いたし、丸谷才一の魅力的な論考もある。
丸谷氏のおっしゃっていることを乱暴にまとめてしまうと、チョウの和語はカワヒラコであったのであるが、死者の魂であるとされたので、その名前を口にだすのが禁忌とされ、そのうちに言葉そのものもすたれてしまい、死者の魂であるというイメージが薄れてからも、そのものを呼ぶための和語が見つからなくなってしまった、というもの。
一読三嘆。なるほど、そういうことであったのか、と思いましたね。
しかし、読後しばらくたってから、若干の疑いが。
もしかすると(あくまでももしかすると、ですよ)、日本語には「チョウ」というカテゴリーがなかったのかも。アゲハ、タテハ、シジミ、セセリというようなカテゴリーはあるけど、それをひとまとめにする概念そのものがなかったのではないか、と。
ブツにたいしてひとつずつのコトバがあるわけではなく、コトバでもってブツがわけられる。たとえば、われわれはイネとコメを峻別している。あ、コメが生えている、なんて聞くと強烈な違和感を感じるか、場合によっては通じない。植物体はあくまでイネであって、その実がコメである。英語じゃどっちもriceで言い表す。コトバの守備範囲が言語によって違うのだ。
もしかすると、チョウというひとくくりの上位概念がなくって、それぞれ別物のアゲハとかセセリとかとして個別に認知していたんじゃないかなあ、と。
たとえば、紋所にチョウの意匠があるが、それは「あげはのてふ」と呼ばれる。チョウ全体ではなくアゲハとして捉えられているじゃないか、と。
でも、調べてみると、どうもこれは強硬にはプッシュできないみたい。これらの単語の用例は、どうも17世紀あたりまでしかさかのぼれないようだ。ざんねんだなあ。
このあたりのことで、有名なのは「西洋語ニオケルちょうトがノ区別」。お聞きになったこともあるんじゃないかな。
蝶は英語ではbutterflyで、蛾はmothである。日本語と同じように蝶と蛾を区別しているわけだ。そしてこれらは音読みであるから、おそらく中国語でもこの両者は別物として捉えられているんじゃないかとも。
しかし、フランス語、ドイツ語、スペイン語などの西洋諸語では、蝶と蛾の区別がない。たとえば、フランス語では蝶も蛾もpapillon、ぱぴよんであり、どうしても蛾のことを言わねばならん時には「papillon de nuit」という具合に言う、と。ぱぴよんどにゅい。夜の蝶。なるほど、てゆーことは、と、考えが別方向に流れていくが、そこをぐっとこらえて、蝶と蛾の区別に戻る。
子ども向けの本などでは、よく蝶と蛾の区別について書かれていたりするが、この両者をすっきりわけるような特徴は、現実にはありえない。胴体が細い蛾もいるし、昼に活動する蛾もいる。イルカとクジラの違いと同じく、蝶に分類されているのが蝶、蛾に所属しているのが蛾とでもいうしかない。
でも、英国人、日本人、そしておそらく中国人は、蛾と蝶を別物として捉えてきたわけだ。
おもしろいなあ。
ってのが、つい先日までの感想。
で、つい先日、とてつもない(と私には思える)驚愕の事実を知ってしまった。
そもそも「蝶はbutterfly、蛾はmoth」なんて理解が間違っているらしいのだ。
ブリタニカで何気なくbutterflyの項を引いてみると、その説明の中でおおむね次のような記述があった。「(butterfliesに)mothsとskippersを加えて鱗翅目を構成する」。
つまり蝶・蛾のグループである鱗翅目は日本語では「蝶+蛾」なんだけど、英語では「butterfly+moth+skipper」だというのだ。
ではこのskipperというのはなんだ、ということになる。ちいさな英和辞典には出ていないが、これは「セセリチョウ」であることがわかる。つまり、英語の「感じ」では鱗翅目は蝶+セセリチョウ+蛾であるわけだ。
セセリチョウというのは、たしかに蝶としては異質な印象のグループだ。セセリチョウの現物を示しても、なんや、ガやんか、というような反応を示す人も多い。動き方も蝶っぽくはなく、スキッパーといわれると、まさになるほどという感じもする。
なおも言うと、これは現在の分類学的にも興味深い分け方でもある。
蝶・蛾の分類学的なグループは、先に書いたように、鱗翅目なのだが、これは21上科にわけられ、そのうちの2つがいわゆるチョウなであって、こいつが「アゲハチョウ上科」と「セセリチョウ上科」。
そうか、英国人にあっては「蝶と蛾のちがい」は「鱗翅目アゲハチョウ上科のものがバタフライ、セセリチョウ上科のものがスキッパー、あとの有象無象が蛾ね」ってことになるんでしょう。
ともあれ、蝶、蛾、butterfly、mothの関係ってのは、昆虫少年だった頃に聞き及んでいて、同時にフランス語のこともおしえてもらっていて、それいらい、時折、その理由などをいろいろ考えてきたのであったが、その、前提自身が不正確というか、中途半端なものだったってことが、よくわかった。
おもしろいものだなあ、なんてしみじみ考えていると、ようやくゴマダラチョウは意を決したか、ビワの木の上へとふわふわと飛び去っていった。